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研究部門

キラル物質科学

光の左右非対称な掌性を使って、新分野の確立を目指す

――新素材を創り出すため、構成要素が同じでも構造が異なる性質を光の中で解明する。
研究キーワード:応用光学、光渦、キラリティー

iStock.com/loops7

自然科学において、いまだ解明されていない謎は数多く存在する。その最も魅力的な謎のひとつが、キラリティーの起源だ。キラリティーとは、「掌性」とも呼ばれ、私たちの右手と左手のような、ふたつの鏡像型をもつ分子や物体の性質を指す。キラリティーは、生物学・化学・物理学など様々な分野に関連する普遍的特性で、生命を支える生化学的な過程に影響を与えるほか、創薬において極めて重要な役割を果たし、素粒子物理学でも突如として問題になることがある。 私たちの馴染みのある光にも、キラルな性質があり、それが光と物質との相互作用に影響を及ぼしている。

こうしたキラリティーの力を、どのように利用し、制御することができるのだろうか。また、それを通じて、どのような新たな発見や技術が生まれる可能性があるのだろうか。工学研究院の教授、尾松孝茂らのチームは、そうした問いを探求している。光ビームは、それが螺旋状の波面になるとき、左回りまたは右回りの極性が生じ、キラルとなる。「光渦を用いることで、金属や半導体、有機物の物理的特性をナノスケールでねじり、ユニークな特徴を備えたキラルなナノ構造を創ることができます。私たちは、キラルな光学的材料を新たな研究分野として確立するとともに、キラルプラズモニクスやメタ表面など新たな技術を開拓し、ナノスケールのキラルな化学反応器やキラル選択的な撮像装置、キラルセンサーなどの開発へつなげることを目指しています」(尾松)。

キラルな光でつくるナノコルク栓抜き

尾松らのチームは、光渦と物質の間の相互作用と、光渦を照射することによって構造を変化させた物質の物理的特性および潜在的有用性に着目している。光渦の電磁場は、光が空間を進むにつれて回転する。この電磁場を金属など の導電性物質に作用させると、ナノスケールのコルク栓抜きのように、物理的特性の変化を物質の表面に刻むことができる。こうして構造が変化した表面は、左手系および右手系のキラル分子や光渦に対して異なる反応を示すため、化学センシング・合成・イメージングの分野でこれまでにない可能性が拓ける。

「光渦を使用すると、螺旋状のニードルや螺旋状のレリーフ、螺旋状のファイバーといったナノ構造を創り出すことができます。また、同じプロセスを用いることにより、フラーレンを重合させることができることも分かりました。フラーレンは、よく知られた機能性有機分子で、通常は、導電性はありません。しかし光渦を用いると、フラーレンは導電性の金属相を形成します。これは、金属や半導体を用いることなく、電子デバイスを作製するための基盤として用いることができる可能性があります」。

ナノ渦(nanovortices)を使って、将来的には、光の偏光や電子の軌道運動、キラル分子の凝集などをナノスケールで精密制御できるようになると、尾松は考えている。「私たちの研究は、次世代のフォトニクス材料やエレクトロニクス材料につながります。また、化学合成や薬学、生物学、医学などの分野においても、新たな用途が開拓されることが期待できます。最終的には、なぜ自然界にはキラリティーが存在するのかという科学的な謎の答えにたどり着くこともできるかもしれません」。

この研究プロジェクトでは、日本国内や海外の多くの研究者との共同研究が進められており、学生や若手研究者の力が求められている。「当研究センターには、物理学者・化学者・生物学者・医師が集まっています。私たちは、新しいプロジェクトのアイデアを考え出すため、頻繁にブレーンストーミングの会合を開いています。海外からの研究者もこのセンターで研究を行っており、背景や専門知識の多様な研究者が集まっています」。

CHIBA RESEARCH 2020より)


Members

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
尾松 孝茂 教授(工学研究院)
統括・キラルフォトニクス研究推進
フォトニクス
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 役職名 専門分野
石井 久夫 教授(先進科学センター)
キラルフォトニクス班リーダー
有機エレクトロニクス
坂本 昌巳 教授(工学研究院)
キラル分析化学班リーダー
有機化学 不斉合成
村田 武士 教授(理学研究院)
分子シグナル班リーダー
構造生物学
Krüger Peter 教授(工学研究院) 量子物性、電子分光理論
吉田 弘幸 教授(工学研究院) 有機固体電子物性
音  賢一 教授(理学研究院) 半導体物理学
山田 豊和 准教授(工学研究院) 走査トンネル顕微鏡、ナノ物性
青木 伸之 教授(工学研究院) 半導体物性
中村 一希 准教授(工学研究院) 光機能材料
荒井 孝義 教授(理学研究院) 有機合成化学
柳澤 章 教授(理学研究院) 有機合成化学
矢貝 史樹 教授(グローバルプロミネント研究基幹・工学研究院) 有機機能材料科学
吉田 和弘 准教授(理学研究院) 有機合成化学
根本 哲宏 教授(薬学研究院) 有機合成化学
赤染 元浩 教授(工学研究院) 有機結晶化学
松浦 彰 教授(工学研究院) 分子細胞生物学
西田 芳弘 教授(園芸学研究院) 生物有機化学、糖鎖工学
伊藤 光二 教授(理学研究院) 生化学、植物生理学
高橋 弘喜 准教授(真菌医学研究センター) 情報生命学
梅野 太輔 特任教授(工学研究院) 合成生物学・微生物工学
安西 尚彦 教授(医学研究院) 薬理学
飯田 圭介 助教(理学研究院) 有機合成、創薬化学
小笠原 諭 特任准教授(グローバルプロミネント研究基幹) 抗体工学

研究内容

受賞歴

尾松 孝茂 (2016)「双葉電子記念財団賞」
尾松 孝茂 (2016)「文部科学大臣表彰科学技術賞」

プレスリリース

2021年4月16日世界初 キラル渦光照射による有機化合物の不斉増幅に成功
2020年7月16日顕微鏡で視える!分子が自ら連なる五つの環
2020年7月15日次世代大容量高速光通信の実現に一歩! センチメートルスケールの螺旋ポリマーファイバー創成に世界初成功
2020年3月31日混ぜると自ら伸びる超分子ポリマーの開発に成功 新しい材料設計に期待
2019年10月11日キメラ型超分子ポリマーの開発に成功 次世代高分子材料の開発に期待
2017年7月25日世界初!エナンチオ選択的な銀カルベノイド反応を開発 ~ 医薬分子の迅速合成で創薬研究が加速化 ~
2017年4月7日原子層超伝導の磁性分子による精密制御に成功 ~分子内の「隠れた自由度」が鍵~
2016年12月14日マイクロメートルスケールの空間分解能でテラヘルツイメージ ングを可能にする?強度テラヘルツ光渦を世界で初めて発?
2016年10月25日たんぱく質ナノモーターの回転メカニズムの解明に道筋 ~がん転移や骨粗しょう症の原因解明に期待~
2016年10月17日世界初、原子1層からなる半導体の性質を容易にコントロール ~万能性基幹分子の実現に一歩前進~
2016年7月6日鏡面で操る電子の動き?ミラーが映すデバイスのミライ?
2016年5月12日温泉微生物の光受容体タンパク質の構造を決定 -安定化原理の解明と光遺伝学への応用-
2016年4月22日膜タンパク質の理論的耐熱化法を開発 ―熱安定化をもたらすアミノ酸置換を短時間で予測―