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次世代研究インキュベータ

癌エピゲノム拠点

癌をその原因から絶つ薬剤を開発する

――癌の原因となるエピゲノム異常部位を特定し、癌化を抑制する薬を開発する

研究キーワード:エピゲノム、癌、阻害剤

iStock.com/vitanovski

癌は、一種のゲノム病と言える。細胞のDNAに生じた突然変異により、正常な細胞が悪性腫瘍を引き起こす。また、DNA配列自体には変化がなく、エピゲノム修飾が異常をさたすことも癌化の原因となり得る。エピゲノム修飾の異常は、DNAの変異と同じように重要な影響を及ぼしうるのだ。DNAメチル化やヒストン修飾といったしくみによるエピゲノム調節では、DNA配列を変更せずに、ゲノムを化学的に修飾することによって、どの遺伝子の働きをオンにするか、オフにするのかを変更できてしまう。このようにして、癌抑制遺伝子の抑制が行われたり、癌遺伝子が活性化されたりすると、様々な種類の癌が生じる可能性がある。

医学にとって幸いなことに、エピゲノム異常は恒久的なものではない。エピゲノム異常を元に戻すことによって、癌化を阻止したり、癌から徐々に回復させたりすることができる。その際、エピゲノム異常だけを変更するので、細胞内の正常なDNA全体は損なわれることなく、正常のままに保たれる。

本研究グループでは、まさにこのようなエピゲノム異常の変更による癌からの回復を実現する研究に取り組んでいる。医学研究院教授の金田篤志が推進責任者を務め、様々なタイプの癌を引き起こすエピジェネティックな変化を理解し、それらの作用を無効にする新薬を開発することを目指している。

「私たちは、主なエピゲノム異常とその分子的原因を解明したいと考えています。そうして配列特異的にDNAに結合する小分子を利用し、蓄積されたエピゲノム異常を書き換える薬や、標的とするゲノム領域でのエピゲノム異常の蓄積を阻止する薬の開発に取り組んでいます」 (金田)。

癌発生の分子機構を解明する

金田は、研究の一例として、現在実施中の胃癌研究を挙げる。胃癌患者には、腫瘍細胞内のDNAのメチル化が見られる。原因となった病原体によってメチル化のレベルは様々で、発癌性細菌のヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)も異常なメチル化を引き起こす原因の1つであり、エプスタイン・バー・ウイルス(Epstein Barr virus)もまた、メチル化の原因となる。どちらの病原体も胃細胞のエピゲノムに著しい影響を及ぼし、その結果、多くの癌抑制遺伝子の抑制が行われると考えられている。

金田らの研究グループは、臨床サンプルと細胞実験を用いて、これらの病原体への感染後に高活性のメチル化パターンを誘発する分子機構を解明しようとしている。最終的には、そのプロセスの進行を止められないかと考えている。大腸癌や血液腫瘍、その他の腫瘍についても、同様のプロジェクトが進行している。大腸癌に関するプロジェクトでは、千葉大学の研究者らが、メチル化のレベルによって、大腸癌が3つのタイプに分類できることを明らかにしている。

本研究グループに参画する化学者たちは、新たな治療法の開発を視野に入れ、エピゲノム異常に作用する分子を効率的に合成する新たな方法の研究に取り組んでいる。この分子群の1つとして、ピロール・イミダゾール・ポリアミドが挙げられる。これらの分子は、ゲノムの特定部位でDNAに結合することができる。この分子をエピジェネティック阻害剤と組み合わせることによって、メチル化による遺伝子抑制を防止することが可能になる。金田は、このようにエピゲノムを編集できる分子を標的領域に配備することによって、腫瘍形成を抑制したいと考えている。

本研究グループでは、多様な背景や専門分野をもつ研究者たちが参画している。このような学際的チームによるアプローチは、同拠点での発見を臨床的に有益な治療法や診断ツールへと応用していく上で不可欠なものであると、金田は話す。「医学・物理学・薬学分野の専門家の協力を通じて、私たちは、癌のメカニズムの解明や新たな癌治療薬の開発に貢献したいと考えています」。

CHIBA RESEARCH 2020より)

Members

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
金田 篤志 教授(医学研究院)
統括
癌エピゲノム
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 役職名 専門分野
根本 哲宏 教授(薬学研究院) 化学系薬学
浦 聖恵 教授(理学研究院) 分子生物学、遺伝学
松原 久裕 教授(医学硏究院) 消化器癌
吉野 一郎 教授(医学研究院) 肺腫瘍
花岡 英紀 教授(医学部附属病院) 臨床試験
眞鍋 一郎 教授(医学研究院) 癌微小環境、生活習慣病
田中 知明 教授(医学研究院) 内分泌腫瘍、細胞老化
市川 智彦 教授(医学研究院) 泌尿器癌
松江 弘之 教授(医学研究院) 皮膚腫瘍

堺田 惠美子

診療教授(医学部附属病院) 血液腫瘍
花澤 豊行 教授(医学部附属病院) 頭頸部腫瘍
品川 陽子 特任講師(学術研究・イノベーション推進機構) 知財戦略

研究内容

受賞歴

金田 篤志 (2019)田原榮一賞

研究成果報告(2016年〜2018年)

我が国において癌は生涯に1/2の者が罹患し1/3の者の死因となる、社会上喫緊の対策が必要な疾患である。近年進展する網羅的解析技術を用いて分子特性に基づく層別化医療の開発・普及を行うことは、社会上も、無駄な治療費を削減するものとして経済上も、強く要請され世界的に進められている。現在までに開発されている標的治療薬はゲノム変異に対するものが中心であり、エピゲノム変異を応用した薬剤開発は立ち遅れているのが現状である。現在までにFDAに認可されているエピゲノム抗癌剤は、DNMT阻害剤2種およびHDAC阻害剤4種にとどまるが、ゲノム領域選択性のないランダムな阻害作用に基づいている。エピゲノム抗癌剤が真に普及するには、ゲノム変異と同様に、発癌ドライバーとなっているエピゲノム変異の同定、その異常を有する癌サブタイプの同定、標的薬剤の作用選択性、が課題である。

本研究では、H25年より千葉大スタートアップCOEなどで構築した研究連携体制を基盤に、臨床標本提供体制の充実、生体モデル解析体制の拡充、小分子化合物開発体制の拡充、を練り込んだ医・薬・病院・理・人文(知財)参加型の研究ネットワークを形成し、癌のエピゲノム特性に焦点を当てた「癌の本態解明および臨床応用へ向けた小分子開発を行う癌エピゲノム拠点」プロジェクトを遂行した。

癌層別化部門において、予定していた胃癌・大腸癌・肺癌・頭頸部癌・血液腫瘍、さらにはプログラム遂行中に泌尿器腫瘍・皮膚腫瘍・内分泌腫瘍にまでの対象を広げた臨床標本取得体制を構築し、網羅的解析を順調に進め多くの成果をあげた。例えば胃癌、大腸癌などにおいて癌に蓄積したDNAメチル化異常の網羅的データを用いて詳細に症例を層別化し、各サブタイプにおける予後、発症部位、早期病変の肉眼所見、伴う遺伝子変異、発癌要因と考えられる環境因子の相違、などを同定し、それぞれぞの発癌分子基盤の本態を解明する研究を遂行した。それら本ネットワークの成果を基盤としてAMED大型プロジェクトを申請し、H28年にAMED次世代がん医療創生研究事業(H28-H33)、H29年にAMED革新的がん医療実用化研究事業(H29-H31)にそれぞれ新規採択されるなど、外部研究資金を順調に獲得した。またH30年4月に医学研究院附属バイオリソース教育研究センターを設立し、産学連携で臨床標本のバンキング体制を構築するとともに、オミクス解析体制もかずさDNA研究所と協同で構築し、研究支援体制を確立した。

図1. EBウイルス in vitro感染モデルを用いた解析。
臨床胃癌の層別化により同定したEBウイルス陽性胃癌におけるエピゲノム異常を、胃上皮細胞に対するEBウイルス感染モデルを用いて時系列的に詳細に解析。発癌に重要なDNA異常メチル化、ヒストン修飾変化の誘導を同定した。

生体モデル部門においても胃癌、大腸癌、血液腫瘍などで認めた遺伝子変異や感染を模した生体モデルを用いて詳細にエピゲノム解析を進めた。例えば胃癌サブタイプについては、全てのヒト悪性腫瘍で最もDNA高メチル化を呈するEBウイルス陽性胃癌に焦点を当てた。胃上皮細胞にEBウイルスをin vitro感染するモデルを用いて(図1)、EBウイルスが胃上皮細胞感染後4週間で、TET2発現抑制などを介してゲノム広範囲に極端な異常メチル化を誘導し、プロモーター領域やエンハンサー領域のエピゲノム模様を大きく書き換えて、細胞増殖性、未分化性の高い細胞へと運命づけていることを示すなど、多くの業績をあげた。

小分子開発部門においては、塩基配列特異的にDNA二重鎖に結合するピロール(P)・イミダゾール(I)・ポリアミドを応用した。これまで癌ドライバー遺伝子の変異配列を認識するアルキル化剤縮合剤など合成・開発してきた技術を応用して、エピゲノム阻害剤にPIポリアミドを縮合し、PIポリアミドが認識する塩基配列を含むゲノム領域選択的にエピゲノムを改変することに成功。PIポリアミドの大量合成技術も含めて、多くの特許を出願し、3年間で重要な開発基盤を構築した。