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支援実績のあるプロジェクト

多元的認知行動解析

新しい心理学で、人の行動を予測する

――心と認識の関係を解明し、人間の行動のモデル化や未来のスマートデバイスの開発につなげる
研究キーワード:実験心理学、認知科学、データマイニング

iStock.com/spfdigital

コンピュータの性能が増すにつれ、人間の意思決定を微妙なニュアンスまで含めてモデル化することが可能になりつつある。本研究プロジェクトに参画する研究者らは、新技術によって生まれるツールや学問分野を活用して、行動と生理的・物理的な現象との間の隠れた関係を明らかにしようとしている。「環境工学の専門家の協力を得て、ディープラーニング(深層学習)やバーチャルリアリティ(仮想現実)技術を利用することによって、認知科学における大きな発展が期待できます」と、人文科学研究院教授で多元的認知行動解析グループを率いる一川誠は話す。一川らの研究グループは、バーチャルリアリティ環境においてデジタル処理で作られた火事の中で人がどう反応するかを調べている。

心理学では、反応や意思決定の研究で質問票などの方法が用いられることが多いが、一川らのグループでは、バーチャルリアリティ・シナリオを使用し、血圧、心拍数、瞳孔散大などの生物学的指標をリアルタイムに調べることが可能だ。室温や湿度の変化との関連において反応を記録することもできる。バーチャルリアリティを使うことにより、照度や輝度、騒音、空間などの状況 的要素が、代謝から概日リズムに至る幅広い生理的反応に及ぼす影響が解明できるのではと期待されている。また、これらの研究は、心理学者にとって興味深いだけではなく、より現実感のあるデジタル世界を創造するための基盤を生み出すものでもある。

一川の研究は、数学者によっても後押しされている。例えば、千葉大学の計算科学者が発表した2016年の論文では、歩行者の動態を予測する新たな方法が提案された。「クリギング」と呼ばれる地球統計学の手法を用いることで、人間の歩む軌道を10歩先まで80%を上回る確度で予測できた。この成果により、ナビゲーション、グループ行動分析、異常行動検知といった分野に大きな進展をもたらす可能性が期待されている。

動く物体のつながりの影響

人間の行動を正確にモデル化するためには、人の心が認識に及ぼす影響を理解することも欠かせない。例えば、止まっている自動車の中に座っているとき、その自動車の横にいた別の自動車がゆっくりと発進すると、自分が後方に動いたかのように感じることがある。このような「誘導運動」という感覚は、心の中で作り出された視覚的な錯覚である。

『パーセプション(Perception)』誌に近年掲載された論文において一川らのグループは、ある研究成果を発表している。視覚的刺激(同心円の画像)の一部が、画像の他の部分と同じ方向、あるいは逆方向に動いているように見えることがある。一川らは、その理由の解明に取り組み、画像の一部が同一方向、逆方向のどちらに動いているように見えるのかは、各部の関連性についての判断に依存していることが明らかになった。設定によっては、二つの部分が、反対方向に移動しているように見えたのである。

自動車の例と同じように、ある物体が別の物体から加速しながら離れていくように見える場合、停止した部分、あるいは速度が遅い部分は、逆方向に動いているように思えることがある。ところが、観察者が共通運命を認識すると、つまり部分間につながりがあるという性質を認めると、それらの要素が同一方向に動いているように見えてくる。

これは、私たちの脳がどのようにして世界の中に秩序を創り出すのかを説明しようとしたドイツのゲシュタルト心理学派が提唱した原理に由来するものではないかと、研究者らは考えている。このような共通運命特性が示唆する通り、私たちが世界を見る際、個々の要素よりも論理的パターンの方が優先的に認識される傾向がある。このため、例えば鳥の群れは、一つのものが動いているように見えるのかもしれない。

こうした発見は、デジタルデバイス上の映像、バーチャルリアリティにおける動き、グループや個人の動態の表示の仕方などを考える際に、非常に有益になるであろうと一川は考えている。

CHIBA RESEARCH 2019より)

 

Members

※所属・職位は支援当時のものです

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
一川 誠 教授(人文科学研究院) 認知心理学
中核推進者(学内研究グループ構成員)
研究者名 役職名 専門分野
牛谷 智一 准教授(人文科学研究院) 比較認知科学
木村 英司 教授(人文科学研究院) 知覚心理学
徳永 留美 助教(国際教養学部) 視覚情報処理
色彩工学
田中 緑 助教(国際教養学部) イメージング科学
傳 康晴 教授(人文科学研究院) コーパス言語学
相互行為分析
松香 敏彦 教授(人文科学研究院) 認知モデリング   
川本 一彦 教授(工学研究院) 行動解析
機械学習
溝上 陽子 准教授(工学研究院) 視覚情報処理
矢田 紀子 助教(工学研究院) 進化計算
ニューラルネットワーク
阿部 明典 教授(人文科学研究院) 人工知能
荒井 幸代 教授(工学研究院) 人工知能
関屋 大雄 教授(工学研究院) 無線通信技術
眞鍋 佳嗣 教授(工学研究院) 複合現実感
画像計測
堀内 隆彦 教授(工学研究院) 色彩工学
パターン認識
平井 経太 准教授(工学研究院) 色彩情報処理
小室 信喜 准教授(統合情報センター) センサネットワーク
今泉 祥子 准教授(工学研究院) 情報セキュリティ
清水 聡 客員准教授(工学研究院) 無線通信
NGUYEN KIEN 助教(工学研究院) 通信システム

プレスリリース

2019年7月25日 注意力は呼吸法で高められる ― 認知心理学の手法で実証―
2017年7月19日 止まっているのに動いて見える画像はどちらの向きに動くのか? 仕組みを世界で初めて確認

研究成果報告(2017年〜2019年)

本プロジェクトは,文理融合の研究プロジェクトで,多元的認知行動解析と呼ぶ新たなアプローチを構築し,従来の認知科学的手法の限界を超えて効率的かつ正確な心理特性・行動特性の理解と予測を進めた。内部観測班,行動観測班,環境観測班を組織し,認知科学的な手法に基づく実験と並行して,種々の生理データ(内部観測班),動作データ(行動観測班),環境データ(環境観測班)など多元多層データの測定,解析を行った。機械学習を用いたデータマイニング的解析も行い,非明示的な要因間の関係について検討した。また,実験室環境において,より日常環境における人間の心理・行動的特性の理解を進めるために,VR(仮想現実)やAR(複合現実)の技術を用いた実験環境も整備した。

内部観測班は,心理的特性の解明および,生理・行動指標に関するデータを収集し,知覚,認知,感性判断,意思決定などの心的特性との関係を検討した。覚醒性の感情反応や内発的注意が視覚の時間的精度を向上させること,呼吸位相が外発的注意,内発的注意課題における成績を変動させること,環境における色彩分布の概要の知覚的抽出において色彩の分散が大きいほど知覚される色彩が最も鮮やかな色要素方向にずれることを見出した。また,聴講内容を「面白い」と感じる感性と心拍波形等の生理指標の間の関係を詳細に調べるための手法の開発と,その情報端末アプリへの実装を進めた。

行動観察班は,行動の意図・目的およびそれに使用されている知識・思考の特性を解明するため,計算機モデル等による理論およびデータ収集の方法論に関する研究を行った。深層学習において,畳み込みネットワーク(CNN)を用いてデータを自動生成するデータ拡張の開発と検証を実施した。観察者の性格特性が影響を与える観察行動が同じ顔に対して異なる印象を形成すること,色素斑の目立ちが位置や分布形状に影響されること,日本人被験者には人種に依らず赤みを帯びた顔は黄みを帯びた顔より明るく見えること,輝度ヒストグラム統計量や測光的パラメータによって質感の見えを定量化できること,彩度変化に対する見えの鮮やかさ補正に画像の色と明度対比の自然さが影響すること,共同作業の際の言語行動を介した共有信念構築が回顧的な修正・構築・再構築を介して行われること,発話の枠組みの決定過程に非明示的な参照点が無意識下でも影響することを見出した。ultra-wide band (UWB)を用いた人流データの収集法を開発し,異なる目的を持つ避難者の行動モデルを構築した。

環境観測班は,リアルタイムでの環境データの収集・解析技術開発とビデオ記録などに基づく認知パフォーマンス解析技術開発を進めた。省電力かつ脳のように分散的に情報処理を行うことが可能になるSpiking Neural Network(SNN) 開発のため,ニューロン間の結合に赤外線通信を用いる手法を提案し,Bluetooth Low Energy (BLE)の無線通信モジュールを用いた実装を行った。温度,湿度,照度,人感,二酸化炭素を計測するセンサを研究室内に配置し,これらの環境情報を自動的にサーバに収集できるシステムを構築した。SNNの学習にSTDP (Spike-Timing Dependent Synaptic Plasticity)を用いることで各種センサの反応から研究室内の在室人数を予測できることを確認した。

内部観測班と行動観測班との共同研究により,高次認知的カテゴリ分類に関して,実際の刺激の構造を認識せず,学習に割く認知資源を節約するという,機械学習とは異なる人間の認知方略特有の傾向を見出した。内部観測班と環境観測班の共同研究により,実環境に近い状況で効率的な認知実験を行うためにVR技術やAR技術を導入した実験を実施し,立体的な配置に関する対象数と探索時間は線形的な関係にあること,視聴覚間に相乗効果があることを確認した。行動観測班と環境観測班との共同研究により,個人の性格特性と行動特性を参照した人流推定を組み合わせた避難誘導アプリを開発した。