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次世代研究インキュベータ

真菌医学研究センター

微生物と共存して 健康を維持する

――宿主の免疫システムと共生微生物との相互作用を解析し、 感染症と自己免疫疾患への新たな治療法につなげる

研究キーワード:感染免疫、共生微生物、超個体

私たちの人体は、30兆個という驚異的な数の細胞で作られている。しかし、人体の内外では、それを遥かに超える数百兆個という微生物が私たちと共存している。これらの細菌や菌類は、人の健康にとって不可欠なもので、こうした微生物のバランスにゆがみが生じると、幅広い疾患の引き金となり得る。

しかし、これらの微生物集団が人の健康や病気に果たしている役割が重要であると研究者が正しく理解し始めたのはごく最近のことである。これらの微生物の生態系を操作することで、人の命を救う次世代治療薬の基礎ができるかもしれないと、科学者たちは期待を高めている。こうした中、真菌医学研究センターの副センター長で教授の米山光俊は、本研究プロジェクトを立ち上げ、皮膚・肺・腸・骨髄などにおける共生微生物と宿主であるヒトの免疫システムとの複雑な相互作用を統合して理解する研究グループを組織した。

宿主の免疫システムと共生微生物との相互作用に調節異常が起きると、日和見感染症やアレルギー、自己免疫疾患など、多種多様な疾患が生じる可能性があります」と、米山は話す。「宿主と共生微生物を合わせて、1つの超個体(superorganism)として捉え、その中でどのようなコミュニケーションを図っているのかを理解することが非常に重要になります」 。

「超個体」という言葉は、米山が作った研究 組織を的確に示している。なぜなら、個々の科学者が各自で研究を進めるよりも、千葉大学と 世界中の研究者の知を結集させることにより、はるかに大きな成果が得られると考えられるからだ。千葉大学内の研究チームは、真菌医学研究センターと医学部と薬学部の研究者で構成され、また外部の連携研究者は、米国・ドイツ・国内の他の機関を拠点に研究している。また、真菌医学研究センターでは、世界の関連研究者を招聘して、年に1回「感染症研究グローバルネットワークフォーラム」を開催し、研究者のネットワーク形成を進めている。

宿主と微生物の相互作用に関する研究

米山が組織したチームは、4つのグループで構 成される。各グループは、それぞれ異なる宿主と微生物系における分子的相互作用の研究を進めている。第1グループの西城と松岡らのグループは、マウスおよびヒトの皮膚における真菌および細菌感染に焦点を絞っている。廣瀬と玉地と岩田が実施する第2グループでは、呼吸器における常在微生物と免疫制御の研究を行っている。後藤、芦田、八尋らの第3グループは、消化器における常在微生物と病原微生物に焦点をあて、腸管の日和見感染症がどのようにして生じ るのかを解析している。髙屋が主導する第4グループは、病原微生物の侵入に対する免疫記憶の制御メカニズムについて研究を進めている。

「私たちのプロジェクトの成果は、感染症に対する新治療薬の開発に役立つものであり、最終的には人間の健康の向上につながると考えて います」と米山。米山自身は、尾野本と共に抗 ウイルス自然免疫について研究を行っている。

これらの研究プロジェクトを促進するため、各グループの研究者たちは、文部科学大臣が認定する共同利用・共同研究拠点「真菌感染症研究拠点」のネットワークも活用している。本拠点には、微生物等を扱う実験を含め、最先端の科学実験を実施できる専門研究者や技術職員が 常駐する。さらに、真菌医学研究センターの高橋弘喜が率いるバイオインフォマティクス研究グループが、コンピュータ解析に関する支援を提供している。

CHIBA RESEARCH 2020より)
       
 

Members

推進責任者
研究者名 役職名 専門分野
米山 光俊 教授(真菌医学研究センター)
研究推進計画マネジメント
ウィルス学、免疫学
中核推進者(学内研究グループ構成員)
                     
研究者名 役職名 専門分野
西城 忍 准教授(真菌医学研究センター) 真菌免疫学
廣瀬 晃一 特任教授(医学研究院) アレルギー臨床免疫学
玉地 智宏 特任講師(医学研究院) アレルギー、臨床免疫学
髙屋 明子 准教授(薬学研究院) 細菌感染学
後藤 義幸 准教授(真菌医学研究センター) 粘膜免疫学、細菌学
芦田 浩 客員准教授(真菌医学研究センター) 細菌学
八尋 錦之助 准教授(医学研究院) 細菌学
岩田 有史 助教(医学研究院) アレルギー臨床免疫学
尾野本 浩司 助教(真菌医学研究センター) ウイルス免疫学

受賞歴

後藤 義幸 (2017)「平成29年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞」
後藤 義幸 (2016)「平成27年度 日本ビフィズス菌センター研究奨励賞」

プレスリリース

2016年11月9日 ナノサイズの共進化:反復DNA配列と転写酵素 -熱揺らぎを利⽤する酵素機構の解明に貢献-

研究成果報告(2016年〜2018年)

本研究グループでは、我々ヒトを、共生微生物との集合体すなわち“超個体(Superorganism)”として捉え、共生微生物と宿主である個体の免疫システムとの相互作用、そこへ侵入する病原体による恒常性の破綻と感染症の発症機序などについての基礎研究を、真菌医学研究センター、医学研究院、薬学研究院に所属する微生物学、免疫学で実績のある中堅・若手研究者が中心となって解析し、そこから得られる成果を拠点内で統合して理解することで、“超個体”としての感染症・免疫制御メカニズムを明らかにする次世代型の「感染制御学」を創出し、我々の健康維持と感染症などの克服へつながる新たなイノベーション創生を目指している。これまでの3年間、主として4つの研究班(皮膚、呼吸器、腸管、細菌感染)において、研究を推進してきた。個別の研究活動を通じた成果に加えて、グループ内での共同研究による複数の成果を実施し、成果の報告をしており、本研究計画が目指している各研究班の連携を介した“超個体”としての統合的理解へつながる活動が十分に進行している。また、海外の研究グループとの国際的な共同研究も進んでおり、3年間で約70報論文発表を行っている。

主な成果としては、皮膚研究班では松岡と西城およびNunez博士(ミシガン大)らの共同研究により、皮膚における病原細菌による炎症反応誘導のメカニズムを明らかにした(Cell Host Microbe, 2017)。本研究成果は2017年度のGPシンポジウムにおいて優秀発表賞を受賞した。また西城は、腸管における常在細菌と炎症との関係についての新たな知見を、岩倉博士(東京理科大)らとの共同研究で報告している(Nat Immunol, 2018)。呼吸器班の廣瀬・玉地らは、気道におけるアレルギー性炎症の作用機序についての解析を、後藤らとの共同研究で報告している(J Exp Med, 2017)。本論文の筆頭著者の伊藤は、2017年度日本免疫学会でベストプレゼンテーション賞を受賞した。さらに、廣瀬らは西城との共同研究でも、呼吸器におけるアレルギー性炎症のメカニズにについて報告している(J Immunol, 2017)。腸管班の後藤・芦田らは、それぞれ腸管における病原真菌カンジダおよび病原細菌赤痢菌の感染モデル系を構築に成功し、後藤らはそれを用いた病原真菌定着と細菌叢の関係について報告した(Microbiol Immunol, 2019)。また後藤は、腸管における糖鎖修飾の制御機構およびそれによる病原性および非病原性微生物との相互作用について包括的にまとめた総説を公表し(Nat Immunol, 2016)、それに関連した業績が認められ、平成29年度文部科学省文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞した。細菌感染班では、高屋が常世田博士(ドイツリウマチ研究センター:DRFZ)と病原細菌であるサルモネラ菌の病原性と宿主免疫記憶の共同研究を実施し、その知見を発表(Proc Natl Acad Sci USA, 2019)すると共に、それを利用したワクチン応用で千葉大学とDRFZの共同で特許を出願している。以上のように、当初の計画に従い、各班がそれぞれの研究を実施しつつ、横断した連携研究を進めることで着実に成果を上げてきている。

一方、拠点形成に資する活動として、GPのサポートを受け真菌センターB棟に無菌マウス飼育設備を設置し、平成30年4月から運用を開始した。本設備は、常在微生物と宿主との相互作用の解析には必須なものであり、国内で正しく管理運用できる機関が限られていることから、グループ内および学外との共同研究を通じた研究推進と拠点形成に大きく寄与することが可能になっている。また、真菌センターで年に1回開催しているグローバルネットワークフォーラムに共催として参加し、国際連携を見据えた活動も着実に実施している。今後、本プロジェクトで得られた知見を総合的に理解することにより、超個体としての恒常性維持のメカニズムと感染症に対する新たな治療・予防法の開発へつながる解析を実施すると共に、新たな拠点形成へとつなげる活動を継続する。